旅するねこ毛

今日で一週間

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ある日の動物病院でのたーくん
朝の診察の時はいつでも一番ノリでした。
診察券を先に渡して順番取りをしていましたから。

怒ってます。
早く帰らせろニャー!
今来たばかりだから待ってねーごめんねー


本気で怒ってると思うのですが
この表情にこの耳 たまりません。
猫ってずるいよな~
どのパーツをどの角度で見ても可愛い。


たーくんは病院が本当に苦手で、呼吸が上がり、口呼吸に
なってしまうくらい、怖がってしまうので病院へ行く時は
なるべく待ち時間がないよう、頑張りました。
一旦朝に診察券だけ渡して、自宅に戻る。
そして朝一番に診てもらう。
家から病院が近かったらいいのだけど区が違うし
ちょっと遠いんですよね。
自転車で片道25分くらい。
今はそれもいい思い出です。

たーくんのことを思うと、胸がきゅぅーとなり
悲しみがこみ上げてきます。
泣くだけ泣いて・・・骨壺からたーくんのお骨を
取りだしました。
骨になっちゃったねー これはどこの骨かな?
小さくなっちゃったねー

と言いながら。

そして、私はその一部を食べたくなったのです。
ちょうど小さく良いサイズがあったので・・・
私の一部にしたい これでずっと一緒だねと思い
骨を口に入れようとしました。

でも、どうしても出来ませんでした。

たった一つでもそろっていなかったら
たーくんがお骨を探すんじゃないかなと思ったのです。
私達は責任を持って、覚悟を持って骨を引き取りました。
何よりも大切なものです。
たーくんがいつでも戻ってこられるように
そばにいられるように、と願いを込めて。

その大切なお骨を、私が食べることで
なんか、体おかしいにゃーと思うかな?
そんな思いで、なんとかとどまりました。

帰宅した夫に、太助の骨を食べようとしたけど
寸前で思いとどまったよ と話すと

良かったよ 絶対食べたらダメ!
一部でもかけたら太助がかわいそうだ

と言われました(^-^;そりゃそーだ

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冷蔵庫ブームの時のたーくん。

そういえば旅立つほんの数日前にこれまた不思議なことがありました。
もうほとんど介助なしで歩けない状態になっていたたーくんが
フラフラになりながら「思い出巡り」を始めたのです。

押入れブームの時の押入れに行き・・・
自分では行けないのでそっち方向へ行こうとしてるなと
分かったので抱いてブームの時に休んでいた場所へ
連れていってあげました。

そして、次はベランダへ行くという。

最初はなんで押入れに?と思ったのですが
次に「ベランダに行く」と目で訴えてきたときに
「ああ、今まで行った場所へ行きたいんやね」と分かりました。

ベランダへ出してやると数分でしたが
気持ちよさそうに目を閉じていました。

次はどこ?たーくんの言うことちゃんとわかるから
かーさんに「あそこ」ってちゃんと言ってね

というと、今度は冷蔵庫を見上げました。
分かったよー冷蔵庫やねー
でもたーくん かーさんの肩に乗る体力ある?

冷蔵庫に乗るときは、いつも私たちは肩を太助の高さまで
下げます すると太助が両手を伸ばして肩にしがみついてくるので
それをひょいと抱き上げるのです。
その両手を私たちに伸ばす仕草もいつも胸がキュンとなる
愛おしい仕草でした。

しばらく、体力を集めているのか冷蔵庫前で
じっとしていた太助は、頑張って両手を伸ばしてきました。

よっしゃ~じゃぁ冷蔵庫ノンノしようねーと
乗せてあげると、しばらくそこで落ち着き・・・

次は人間用のトイレです。
ここは闘病初期によく入ってたよね~

そして玄関へ

これで太助の思い出巡りは終わったようで
満足げに元の位置へおさまりました。

何となくですが、たーくんは自分の死期が
分かっていたのかも知れません。
もしくは、とーさんとかーさんが絶対にいる時間に
出かけようと思ってくれていたのかも知れません。

深夜だったら時々寝ちゃってしまったこともありましたし
平日の17:55だと夫はいません。
土曜日のあの時間だったから、ちゃんと2人でしっかりと
見送ることが出来たのです。


色々、勝手な解釈してますね。
でも、そうとしか思えないのです。

本当に、本当に、可愛い猫さんでした。

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-10 10:36 | ネコ | Comments(2)

闘病記録

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太助の闘病記録です。
約10カ月に及ぶ闘病生活のすべてがこの中に残されています。
毎日細かく書いていましたので読み返すと、はっきりとその時の状況が
思い浮かびます。たーくんの生きた証です。


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この頃はまだカリカリも食べてくれていました。
体調はあまりよくなかったのだと思います。

このノートは闘病中とても役立ちました。
特に食事の量とか・・・
おしっことかうんちの様子とか・・・

闘病中の猫さんがいらっしゃったら、ぜひ記録されることを
強くお勧めします。

ノートが3冊、4冊と増えて行くたびに、次の新しいノートにも
進めますように、と願いを込めておりましたが
5冊目になり、6冊目がないであろうことはわかっていました。
そして、こんな状態のまま次のノートを望むことはしちゃいけない
そして、6冊に進むことがあってはならないと思っていました。
そんなこと言いながら、旅立つ時は「いかないでよ!」とすがったようで
こんなんじゃ太助は気になってしょうがないですよね。
ホントにもー。

太助がいなくなってから、本当に寂しくなりました。
よく、猫を亡くした飼い主さんのブログで
心の中で生きている というのを読みますが
私はとてもとてもまだそんな気持ちにはなれません。
時間が経てばそう思えるのでしょうか。

肉体はないし、魂もどこへいっているのだろう。

とにかく、私たちの太助は今、ここにはいないのだ

ということばかりを考えてぼんやりと過ごしています。

明日になったら泣かずに過ごせるかなーと
いつも寝る前に思うのですが、今日も起きてすぐに
太助にお水とごはんをあげて、掃除をして・・・
泣けてきました。

いつになったらこの涙は止まるのか。


最後の日、太助が何時に亡くなったのか
私はそれどころではありませんでした。

日記はいつも私が書いていましたが
どうしても記録ノートに終止符を打つことが出来なかったので
夫に代筆をお願いして、それを再読してまた泣けて・・・

良かったら読んでやってください^^

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-09 09:52 | ネコ | Comments(2)

忙しくしないと。

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たーくんは左手を伸ばして寝ることが多い猫さんでした^^

たーくんがいなくなってからのまだ5日目で
まだそんななのか・・・という思いがあります。
ずいぶん前にいなくなったような気がします。

お骨になってからは、まだ3日なんです
信じられません。
ガキ使が終わってからまだ3日しかたってないなんて・・・
今日もたーくんのコーナーを掃除してから一日が始まります。


目覚めてすぐに夫に
たーくんの夢見た?と聞くと 見てないという。
私も見てない。

そうか・・・と2人でまたホロリ。
夢に出てきてくれないかなー
もしかして泣かなくなったら出てきてくれるのかな
でもそれはまだ無理かなー
昨日も3回も泣いちゃったんだよ

忙しくしないと、気がおかしくなりそうなので
昨日もずっと片づけをしていました。
今日も動き回ります。
外に出る気持ちにはまだなれないので・・・
でも日曜日からバイトしてきます!

仕事したほうがその時間は忘れることが
できるもんね。

こうやって毎日は当たり前に進んでいくのだ。

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-08 10:32 | ネコ | Comments(6)

不思議な出来事

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去年の12月の夫とたーくん。


いつもこんな感じなんです よく見つめ合っていました。
すみません しばらくたーくんの生前の画像が続きます。
こうすることで、落ち着くので・・・

本当に可愛かったなぁ・・・
私、猫はすごく好きですけど、猫というより
たーくんのことが、すごくすごく好きだったんだなぁということに
気付かされました。
夫はもとから自覚していたようです。
もちろん どの子も可愛い なつかない子も可愛いし
愛おしいけれど、私たちにとってたーくんは特別な存在でした。


ブログでも自分のことをかーさんと書いていたし
病院でも「おとうさん おかあさん」と言われていましたが
ずっと、違和感を感じていました。
別に子供ちゃうし・・・みたいな。
(そもそも子供は苦手です。)

まぁその方が一般的なんだろうなと思い慣れてきましたが
感覚としては伴侶というのが一番しっくりきました
夫は、「俺にとってはかけがえのない友達だった」
と言っていました。

以前、次に迎えるなら病気の猫かシニアの子を、と書きましたが
撤回します。
無理かも知れません。
どうしても、たーくんと比べてしまうだろうし、コメントいただいたように
違う毛皮着てるけどよろしくにゃーと、縁を感じずにはいられないような
猫さんが(たーくんのような)現れたら分かりませんが
この先猫を迎える自信はありません。
正直、今ばーさんで精一杯です。
ばーさんは、ちょっと扱いにくい子なので、距離が必要なんです。
たーくんには私たちの言葉が伝わっていましたが
ばーさんには伝わってないなぁというのを感じます。

これからはばーさんと夫と3人で暮らしていきます。
縁あってうちに来てくれた子なので、生涯を責任を持って
一緒に暮らしていきます。


さて、長くなりましたが・・・
不思議な出来事が。

闘病生活の終末になってくると
体調を崩し、足が痛い、と書いていたと思います。
座っていられないんです 寝ても足がじんじん痺れて
お尻から膝にかけて、「いたい!」と声が出るほど痛みました。

座ると痛いので部屋でもよく立っていたくらいでした。
その足が、たーくんが旅立った次の日に痛みが完全に消えていました。
旅だった当日は、亡くなったショックで自分の不調どころではなく
気にもとめてませんでしたが
翌朝 ふと思いました。


あれ?足どうなってる?全然痛くないんだけど。

思わず夫に「私ずっとずっと足が痛いって泣いてたやん
今全く痛くないんだけど ほら見て!」と座ったり足を
曲げたり伸ばしたり。


夫は驚いていました。
あんなに痛がっていたのに。
闘病生活が終わったらすぐ病院へ行くよう言おうと思ってたのに、と。


都合のよい解釈かも知れません。
でも私はたーくんが私の痛みを持っていってくれたような気がして
ならないのです。
本当にずっと足が痛くて、イライラして、ヘルニアとかだったら
どうしよう(夫にヘルニアの症状に似ていると言われていたので)と
実は悩んでいました。
頭痛も嫌だったけど、何より足が痛いのが本当につらかったのです。

たーくんが、持っていってくれたんだなぁ・・・

2人でそうつぶやき、またホロリとしました。


火葬後は骨壺と思い出のコーナーを作り、お水とごはんを
お供えしました。
いつまで続ける?と夫に聞くと、「ずっと」と言うので
お供えと、たーくんのコーナーのおそうじを
日課にすることにしました。

毎日必ずやることがある 
そう思うと、なんとなく安心します。
お供えをして話しかけることで少しだけ
気持ちが落ち着きます。

朝5時に目が覚めて、しまった 熟睡してしまった
たーくんは??と
慌てて起きて周りを見渡すと骨壺が目に入り
ああ、そうか いないんだった・・・とまたホロリ。

しばらくはこういうことが続くんでしょうね。

寂しいけど、お腹はすくし、喉は乾くし
時間は同じように過ぎていくし、生きていくしかないのです。

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-07 10:04 | ネコ | Comments(4)

お別れの儀式

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たーくんを火葬した日(6/5)の朝
よく腫れていました。





6月3日の17:55に太助は息を引き取りました。
病気になった時から毎日のように「たーくんを絶対一人にしないからね」と
約束していた通り、夫と2人で見守ることが出来ました。
冷たくなるまでずっと抱きしめて、そのあとは体をキレイに拭いて
ドライヤーで乾かしてソファの上に寝かせました。

もう暑くなってきていたので、沢山の保冷剤でたーくんを
冷やして腐らないよう数時間おきに保冷剤を交換して・・・

6/5は夫だけ実家で法事があり、帰省しないといけなかったので
早朝から夜まで私一人でした。
本当は私も行かないといけなかったのですがたーくんの
介護があったので夫だけ行ってもらうことにしたのです。


6/5の朝 夫を見送ったあと
たーくんのお腹に顔をうずめてまた泣きました。
そして、何度も話してきたお話をまた繰り返して聞かせて・・・
そのあと、じっとしていたら気が狂ってしまいそうだったので
30分おきにタイマーをかけて、部屋の大掃除を始めました
30分だったらたーくんのところへ行ってたーくんを抱きしめて
保冷剤の確認をする。

たった30分だったら保冷剤は溶けないのですが
その意味のない行動をとりつかれたように繰り返すことで
精神を保っていたような気がします。

治療に関して後悔はありません。
猫に抗がん剤治療をするなんて、と思ったこともありました。
でもたーくんを見ていたらこれで良かったんだよねと
思えるようになりました。

ただ、一つ大きな後悔があります。
部屋が汚かったことです。
モノが多くてごちゃついてる上にたーくんが病気になってから
大きな音を立てたくないので掃除機もしょっちゅうかけることが
なく、また私も夫も疲れていて、部屋の中は荒れていました。

人間もそうですが猫もキレイな片付いた部屋が過ごしやすいのでは
ないかと思います。
分かっていたのにできなかった。
たーくんが亡くなった次の日、そういう思いで一日ずっと
片づけをしていてゴミ袋6袋分のものを捨てました。

もっと早くこうするべきだったよね
モノなんて何の意味もないわ 
死ぬ時は何も持って行けないし、必要最小限のものが
あったらそれでいいよね
次にたーくんがうちに帰ってきたときに
わー、こんなにきれいなの~って言ってもらえるようにするね
これも約束するね

と話しながら30分おきのタイマーで片付け作業を行うことで
取り乱すことなく一日を終えることが出来ました。

そして夫が22時過ぎに帰宅し、食欲はないだろうけど
今日でこのフカフカの体とはお別れだから
たーくんと一緒にお酒を飲もう、とたーくんを囲んで
お酒を飲みました。


そして寝て・・・タイマーかけて夜中にまた起きて
保冷剤を替えて
5日の朝を迎えました。

火葬トラックで家まで来てくれる業者を選んだのは夫です。
私は何もできない状態だったのですべて夫がやってくれました。

朝10時に業者の方が来られて、棺を持ってきてくださり
たーくんにそっと入ってもらって
お花や好きだったものを入れました。

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カリカリやパウチはもちろん入れたのですがこれは
夫が作った「太助の弁当」
缶詰は入れられないと言われたので・・・
コーンと人間のカニカマとペット用カニカマ、まぐろあら削りが
大好きなたーくんでしたので、缶詰ごと入れらないなら
弁当持たせてやろうと夫が言いだし一生懸命作ってくれました。


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間違えて同じ写真が3枚・・・消し方分からんのでこのままにしときます。
お許しを
業者が来るまでたーくんの近くに置いてやりました。


うん?と思ったのが・・・
では今からセレモニーをはじめたいと思いますと先ほどまで
普通な感じの男性が急に神妙な顔つきになり・・・
ポーチの中から、レコーダーのようなものを取りだしました。

そこから音楽が流れ、急に聞き取れないくらいの小声で
何やらメッセージのようなものを読み上げていました。
お経とかではなく「太助ちゃんは幸せな時間を過ごし・・・」みたいなことを
言っていたと思います。

「ええ~~~何これ(笑)」


私も夫も考え方は同じ 動物にお経とか線香とかってねぇ・・・という思いです。
(否定しているわけではないですよ あくまでうちらは必要ないと考える人間です)
太助の火葬だけ行えたらそれで良かったのです
動物霊園も必要ありませんでした。骨は一生傍におくと決めていたので。
自然なことが良かったのです。


ちょっと笑いをこらえながら夫を見てみると夫も唇をかみしめ
笑いをこらえている。
でも業者の方は真剣そのものなので絶対に笑ってはいけない
この時間がある意味一番苦しかったです(笑)

そしてようやく音楽と業者のメッセージが終わった・・・と思ったら
今度は「太助ちゃんのお話を聞いてあげてください」と・・・
「うん?」と思っていたら・・・

「お父さん お母さん ボクは・・・」
と小学生くらいの男児の声で何やら話しかけてきました。


いや、太助 そんな声ちゃうし。
人間ちゃうし。

あれは何のサービスなんでしょうか・・・
でもありがたく思わないといけないんですよね・・・
いや、度胆抜かれました。

そして絶対に笑ってはいけないガキ使の時間を終え
いよいよ火葬です。
トラックに棺ごと乗せて、ここでは焼けないので
移動して焼き終えたらまた戻ってまいります。

待つこと2時間

骨になったたーくんと向き合い、一つ一つ骨を拾い
骨壺に納め、おしまいです。

長い闘病生活、そして太助の肉体
この時間にすべて終わりました。

それから家で泣いて、私も夫もずっと睡眠不足だったので
ひと眠りする?と聞いたら、一緒に外に出かけたいと言います。
でも私はそんな気分になれません。

そうだ、不動産屋に行こう 次の引っ越し先を探しに行こうと
歩いて不動産屋に行くことにしました。
たーくんとお別れするときが来たら、引っ越しをしたいとずっと
思っていましたので。

でもなかなかペット可で私たちの望む所在地での物件はありませんでした。
焦らずゆっくり探していこうと思います。

散歩の途中夫が手をつないできました。
私達は仲はいいけど、ドライな関係で手をつないだり
そういうコミュニケーションはない方です。

あれっと思いました。

そして、家に戻ったら、夫が私に抱きついてきました。

何も言わずぎゅーっと。


夫はずっと苦しんで、泣きたかったのです。
どんな時も泣きたかったし、取り乱したかったけど
私が先に取り乱すし、私が先に泣くし
私と太助を守るために、泣けなかったんですよね。

本当に太助と夫は仲良しでした。
夫が寝転んでテレビを見ていたら、太助も
夫の横に並び一緒にテレビを見る
夫が勉強していたら、本の間に寝転んで離れない
私に耳掃除はさせないけど、夫には黙って身を任せる。

男同士の絆でしょうか。

そんな関係だったからずっとつらかったんです。
私が仕事をやめて、介護に入った時も
夫は仕事に行かないといけない
必ず休憩時間には「太助どう?」と電話が入りました。
仕事が終わったらすぐ「太助どう?」と電話が入りました。

このブログは書き手が私なので
私ばかりが「疲れた つらい」などと書いていますが
一番つらかったのは夫なんですよね
なのに私は色々夫を責めることが多かったです。

何も言わずだきついてきた夫の背中をポンポンと叩き
私がいつも先に泣くから、泣けなかったよね
泣きたかったよね ごめんね というと
「うん」
「今までずっと我慢してくれてたね ありがとうね」
「うん」

もう、かわいそうでかわいそうで。

太助の火葬の日
30分だけ夫と太助を2人きりにしてあげたんです。
当日花を買いに行ってくる間

きっと泣きたいだろうし、太助に言いたいことが
あるだろうなと思って。

そして、帰ってきたら
「いっぱい話できた 2人にしてくれてありがとう」と
少しすっきりした表情の夫でした。


今日は6日
まだたーくんとお別れして3日しか経ってないんですね。
もうずいぶん経ったような気がします。

時間だけが薬なのはわかっています。

私も夫も誰かを失う悲しみは太助が初めての経験です。
この年ですからそれなりに、誰かを失う経験はありますが
あまり人間に執着しない私たちは、そういうとこドライなんですね
冷たい人間なのだと思います。

なので胸がぎゅーっとなるこの痛み。
初めての経験で、辛いです。
あと何回朝が来たら、泣かずにいられるのかな。

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-06 09:39 | ネコ | Comments(6)

ご報告

私達の大切な太助が昨日17:55に旅立ちました。

自身の気持ちの整理をするために最期をきちんと
記録しておきます。長いです。
苦手な方は読まないでください。



食事を摂らなくなって約2週間 
この数日は水すら飲めなくなっていました。
食事しようという気持ちはあったのか、私のしつこい攻撃に
付き合ってくれたのか分かりませんが、口をつけようとするのですが
とにかく口が開きません。
顎のあたりを触るとしこりのような腫瘍なものが大きくなって
ぶよぶよになっているのが分かりました。
匂いもすごかったです。

顔を上げる力がないし、口が開かないので水を飲む時も
顎から先につけて、勢いで口を水につけて、舌が全く出ないので
すするような感じで飲んでいました。
顎と手が水浸しになるのでその都度タオルで拭くのも日課になって。

昨日の朝 意識はしっかりありました。
辛そうではあったけれど、「たーくんを元気にするお注射しようね^^」と
日課である吐き気止め入りの点滴、抗生剤とステロイド注射をすませたあとは
毛布にくるまって寝ていました。

そして昼過ぎに夫が帰宅し、
「水曜日までの薬もらいに行ってくる」と
出かけました。
(食べない水も飲まない状態が続いていたからいつどうなるか
分からなかったけど4日後にまた薬を取りに行くつもりでした・・・)
その時に足のかかとと肉球がすれて赤く血がにじんでいるのに
気付いたので(床ずれのようなものだと思います)
少しでも痛くないように、と思い、症状を話して先生に塗り薬か何か
あるならもらってきてほしいとお願いしました。

そういう状態なら塗り薬とかではなく包帯とかで足を保護してあげたほうが
いいかも知れませんね^^とのことでした。

夫が薬をもらって帰って来るまでの間に痙攣が起こりました。

たーくんはその時酸素ルームから離れたところにいたし
どうしようどうしようと見守っていると、けいれんはすぐに治まり
しばらく苦しそうに呼吸をしていたので酸素を吸わせたら
ふぅーと少し呼吸が楽になったようでした。

そして夫が帰宅して2時間くらいしてから
またたーくんの呼吸が怪しくなり、口呼吸をするようになったので
酸素ルームへ連れて行きました。

その時、覚悟はしていたつもりです。
一日に2回も危険な状態になるなんて、今のたーくんに
持ちこたえる体力はもう残っていないと。

しばらく酸素ルームで過ごしてくれましたが
また出てきて私たちの方に来ようとしました。
このときすでにもう歩けなくなっていて、一歩歩くと
バタン、と倒れる状態です。
それでもたーくんは這いつくばる感じでこっちへ来ようとしました。

酸素ルームに連れて行こう!とまた入れたのですが
体力がないのに嫌がってすぐに出ていこうとします。


「こんなに嫌がってるからやめよう。行きたいとこに
行かせてやろう 手伝ってやろう」


本来なら動ける状態ではないのに、いつでもたーくんは
ここへ行きたい、と意思表示をする子だったので。


酸素ルームから出してすぐに、軽い痙攣が始まりました。

とても短い時間だったと思います。
それを見た時に、これが最後かも、と分かりました。
けいれんはすぐに治まり、少しだけ呼吸が荒くなり・・・
夫は酸素チューブを必死で口元へ近づけてくれていましたが
それすらもう必要ないという感じでした。

そしてゆっくりゆっくりと心臓が止まり
穏やかな顔で眠るように息を引き取っていきました。

この時のことだけは覚えているのですが
私自身、ものすごく取り乱し半狂乱になって
号泣してすごい状態だったようです。

覚悟していたのに、
穏やかに息を引き取ろうとしているたーくんを
お願いだから置いていかないでよ いかないでよ!!と
叫んでいたようです。
迷惑な飼い主ですね(-_-)

でも、少し冷静になる瞬間もあり、完全に息を引き取る前に
17年間ありがとう!といえました。

息を引き取ってからしばらくの記憶がありませんが
私かなり激しく取り乱し、夫も泣きたかったのに
私が半狂乱になっているので泣けなかったようです・・・

その後、病院へお知らせし、葬儀の手続きもすべて夫が
してくれていました。

葬儀のことはずっと考えてましたし必要だと分かっていましたが、
下調べをすることで
「もう準備ができた?じゃぁーワシそろそろいってもいいかにゃー」と
たーくんが離れていってしまいそうで怖かったのです。
それは夫も同じ気持ちだったと思います。

今日も、いつも通りに点滴と注射をするつもりでした。
使わなかったまま残された点滴と注射どうしてくれるのよ たーくん。
お金だけ払っちゃったじゃないさ!


昨夜は、たーくんにもう一度気持ちを伝えました。

17年間いつも寄り添ってくれてありがとうね。
長い闘病生活も、
私たちの気持ちに毎回応えて頑張ってくれて
本当にありがとう
楽しいことしかなかった。
たーくんのいない毎日を想像できなかったよ。
でも、やっと苦しみから解放されるね。
水もいっぱい飲めるし、おいしいものも食べられるね。
いっぱい我慢させてごめんね。
たーくんがうちに来てくれて感謝してます。
必ず会いに行くから待っててね 
幽霊でいいからたーくんも会いにきてね。
どんな姿になっても、ずっとずっと一緒にいたかった。
お疲れ様でした、本当に、本当にありがとう。


たーくんが息を引き取ってから、ばーさんが
たーくんが亡くなった方の空間をじーっと見ていました。

夫が「太助はあっちで死んだから、もしかして太助がまだ
あそこにいるのかな」と言っていました。
オカルトチックで、都合のいい考え方かも知れないけど
もしかしたらそうなのかなと私も思いました。

夜は当然食欲なかったけど、通夜ぶるまいしようと
たーくんを見ながらビールを飲み、枝豆を食べました。
味なんかしないのに、夢中で冷凍の枝豆を私は
一袋食べ続けました。

たーくんの葬儀は明日の午前中に行います。

それまで絶対腐らないよう、沢山の保冷剤で
たーくんをガードしています。

今、私がたーくんに出来ることはこれしかありません。


これまで応援してくださった皆さまありがとうございました。
コメントはなくとも、闘病生活が始まってから
毎日たくさんの方が読んでくださっているのが分かり
とても励みになりました。

5冊に及んだたーくんの日常を綴ったノートも
昨日で終わりです。
つい、ノートを手にとってしまい、
もう書くことがないんだとハッとさせられるのですが。

神様なんていないんだとずっと思っていて
いないなら何に祈ればいいんだよ!
こんないい子をなんで病気なんかで苦しめるんだと
ずっとずっと繰り返し思っていましたが
最後の最後は穏やかに旅立ったので
これが神様からのプレゼントだったのかなぁ。

出来ること、思いつくことはすべてやり切りました。
治療に関しては、後悔はありません。

じーさんじーさんと書いていたけど、
太助くんという優しくて、思いやりがあって
食いしん坊の甘えん坊の17歳の猫は
苦しみのない世界へようやく旅立つことが出来ました。

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-04 10:10 | ネコ | Comments(8)

夫のやさしさ

熱が下がったと思ったらまたぶり返し
なかなか体調が整いません。
ロクに食べてないから免疫力低下してるんだろうな~
分かっちゃいるけど、なんか何も食べたくなくて・・・

今日もじーさん 生きてくれています。
水も飲めなくなったのに、どうして生きてくれているのでしょう。

今日、出勤前に夫がじーさんの体をきれいに
ととのえてくれました。

両目から目ヤニが出るので目薬をさす前に
目にたまった目ヤニをとるのですが
その時に夫がじーさんの鼻の掃除もしてくれました。

私は全く気付かなかったのですが濡れたコットンで
鼻の掃除をしてやると鼻くそがたまっていたようです。

「ただでさえ、酸欠状態で苦しいのにこんなものが
詰まってたら息がしにくいよなー」と言いながら・・・

「ほら、ピカピカになったよ
ホントにいい顔してるよなーお前は。」

意識はあまりない状態のじーさんでしたが
夫にキレイにしてもらって嬉しいだろうな。

昨日は、ほとんど立てない状態なのに
突然よたよたとあるき、どうしたのかと思ったら
夫のところまでやってきました。

そして椅子に座っている夫の膝の上に乗ろうと
していました。

夫はびっくりして、慌ててじーさんを
抱きかかえていました。

じーさんは、意識もうろうとしながらも
まだ私たちを覚えてくれています。
甘えようとしてくれます。

今日も生きてくれてありがとう。
どうか、一日でも早く苦しみのない世界へ
旅立てますように。
(本当は一日でも長くじーさんのお世話をしたいし
一緒にいたいですがそれはもう言ってはならないので)

数日前のじーさんです。

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-03 08:58 | ネコ | Comments(2)

倒れてる場合じゃない

昨日はブログを書いたあと、激しい頭痛と嘔吐に襲われ
ダウンしてしまいました。
加えて本当に足が痛い。
立ってるとまだ楽なのですが座ると痛いのです。
一体何なんだろう・・・

気力でじーさんに水を飲ませ、汚れた口や目を拭いてやり
目薬もさして・・・一日横になって過ごしました。
夫が帰ってきたのが21時頃 
長い長い一日でした。
昨日はもうそのころには私が起き上がることが出来ず
じーさんのお世話をお任せしました

夫も仕事で疲れて帰ってきて、最近は私が足を
傷めてしまったので夫が廊下で寝てくれていて
疲労がたまっているだろうに、申し訳ない思いでいっぱいです。

帰りに薬を買ってきてもらい、それを飲んで寝たら
熱は下がりました。良かった~
ホント倒れてる場合じゃないんで。

今日もじーさんは生きてくれています。
もう声を出すことが出来なくなっているのですが
なんとか「ハァー」と息で鳴いてくれます。
ニャーと言おうとしてくれるのですが声が出ないんです。
だから、分かってるから鳴かないでいいよ 息を出すのも
辛いでしょう とポンポンと撫でています。

相変わらず食事はしません。
なんとか食べようと顎を近づけるのですが
舌が出ないんです 口が全く開かない。
一体口の中はどうなっているんだろうと思います。
腐敗臭のようなドブのような臭いがきつくなってきました

きっと今我が家はものすごい臭いなんでしょうね

今日も生きてくれてありがとう。
無理はしないでね 
どんな姿になっていても一緒にいてくれることが
一番うれしいけれど、苦しんだらイカンよ
もうとーちゃんかーちゃんといるのやーめた!って
思ってくれてもいいからね

と、じーさんに話しかけると
ジー…と見つめ返してきます。

正直6月にはこの世にいないだろうと思っていました。
先生には4月の時点で貧血がすごかったので(13%だったかな?)
このままだと余命2週間くらいだと思いますと
言われていたのに・・・
ことごとく獣医の予後を裏切るじーさんです。

でも今日はもう水を飲めなくなっているようです。
なんとか口につけてみるけど口を開けようとも
しません。
どーにかこーにか飲んでほしいです。



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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-02 11:10 | ネコ | Comments(3)

6月を迎えました。

じーさん 
ついに両目が緑色の目ヤニでふさがってしまったのですが
昨日病院でいただいてきた目薬でなんとかきれいになりました。
でも、すぐに大量の目ヤニが出てしまうので
こまめに拭いて点眼してあげねばなりません。

最後の最後まで思いつく限りの最善を尽くし
見送ってやることしかもうできないですから。

ほとんど歩けなくなったじーさん
昨日はかなり弱っていて、
「今夜が峠かも」と覚悟していました。
でもなんとかまだ生きてくれています。

昨日は体が膿や、水分や色んなもので汚れてしまったじーさんを
夫が深夜に温かいタオルでふき取り、ドライヤーで
乾かしていてくれました。
じーさんはうっとりと気持ちよさそうに目を閉じていたそうです。
そのおかげで今日のじーさん ピカピカです。

夫よ、ありがとう。

じーさん
さすがにおしっこに行く余力はないだろうと
思ったので今朝おむつをつけたらそれがとっても
可愛くて、夫と2人笑ってしまいました。
なんて愛らしいじーさんなのでしょう。

体力が残っていないのでされるがまま。
オムツも嫌がりません。

しかし先ほどむくっと起き上りトイレに入りました。
その姿を見て、すぐオムツをはずしました。

じーさん まだじぶんでおしっこする
こげなとこで漏らさんわい といってるように思えました。

分かったよ ごめんね

そのまま見守っていると、ふらつきながらおしっこを
したあと倒れこんでしまいました。

5/22から食事していない上に重度の貧血
生きているのが本当に不思議な状態です。
おしっこをする、というこんな当たり前のことが
今のじーさんにはかなりハードなことでしょう。

じーさんの、生きようとする姿
ちゃんとこの目に刻んでおこうと思います。

本当に、すごい猫さんです。

そして、じーさんは今月誕生日を迎えます。
17歳になります。

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-06-01 11:11 | ネコ | Comments(2)

目やに

じーさんが食べなくなって今日で10日です。
どうしてこうも頑張ってくれるのでしょう。
そろそろ歩けなくなってきたのでオムツ導入かも知れません。

一日でも長く一緒にいられるのは嬉しいけど
見てるのが本当につらくて、でも目を背けてはいけないという思い。
それに加え私自身が体力がもう本当に限界で気が狂いそうになります。
風邪をひいていても、病院に行けない
足がしびれて痛くてどうしようもないけど病院に行けない
昨日はじーさんが布団の上に長い時間いてくれたので
この隙にシャワーを浴びておいでよと夫が言ってくれたのですが
もうその体力が今の私に残っていなくて・・

じーさんの横で私もどんよりと横たわったまま過ごしました。


じーさんの口元を拭いたりするのにタオルが沢山必要なので
それを洗濯するくらいでもうずっと長い間台所にも立っていません。

夫は毎日コンビニ弁当で夜を過ごしています。

申し訳ないなと思うけど、その気力が本当にないのです。
人間の介護とはまた違うけど、介護って本当に大変なのだと
実感させられました。

介護そのものより、自分自身の体調がすぐれないことが
どんよりふさぎこんでしまう原因なのだと思います。

健康あってこそ、なのだと改めて痛感しました
体のどこかが痛かったり不調が続くと精神が病んでしまいますね。



さて、じーさん 昨日から大量の目ヤニが出るようになりました。
片目なのですが放っておくと、目ヤニがたまり目があかなくなるので
こまめにふき取っています。

ちょうど今日はステロイドと抗生剤の注射を取りに行く日なので
目薬もいただこうと思ってます。
夫が帰宅したら、いつも私が病院へ行くのですが
もうとてもとても行く余裕がありません
夫に行ってもらうことにしました。

ひとまず土曜日の分までもらいに。

土曜日もまた「薬もらいにきました」と言いに行きたいけど
やっぱりじーさんには一日でも早く苦しみのない世界へ
いってほしいと切に願います。

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# by tidakapa-apa2006 | 2017-05-31 10:59 | ネコ | Comments(2)



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